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留学便り

メルボルン大学医学部博士課程に在籍中の堀田 亮君からお便りが届きました。


メルボルン留学便り[堀田 亮]

海外留学便り  メルボルンにもようやく夏がやってきました。この街にやって来てはや1年半が過ぎようとしています。思えば最初の頃は、予想外の寒さと天気の悪さに、家族ともども暗い気分になったものです。今ではすっかり新しい生活にも慣れて、毎日を楽しむことができるようになりました。今日は初夏のメルボルンから、留学便りをお届けしたいと思います。
 私は現在、メルボルン大学医学部博士課程に在籍しています。スーパーバイザーのDr. Heather Youngは、長年にわたって腸管神経の解剖および発生について研究してこられた方です。YoungラボはDr. Youngともう1人のスタッフ、Dr. Richard Anderson、それにポスドク1名、リサーチアシスタント2名、PhD 2名の計7名の小さなラボですが、Gastroenterology、Developmental Biologyといったmajorなjournalにコンスタントに論文をpublishしています。解剖学教室にはこのような小さなラボが全部で18あり、総勢約80名以上という大所帯なのですが、全員が一同に会する機会はめったになく、私もまだ名前と顔が一致しない方が大勢います。

 私はここで「ヒルシュスプルング病に対する幹細胞移植治療の可能性について」研究しています。ご存知の通り、ヒルシュスプルング病(H病)とは、主に遠位腸管における腸管神経の発生障害によって、腸閉塞症状を呈する代表的な新生児疾患です。H病の約85%は手術によって異常腸管を除去することで治癒が可能ですが、この異常部分が非常に長い例に対しては、単純な外科的切除では問題は解決できません。現時点では経静脈的栄養や小腸移植という手段に頼っていますが、その治療成績は満足いくものではありません。そこで近年話題になっている、「再生医療」に期待がかかっています。H病において腸管神経を再生させることができれば、こうした「口から食事が摂れない子供たち」を救うことができるかもしれない、というわけです。

 博士課程は3年間で、研究成果をthesisとして提出しなければ学位を取得することはできません。従って、ラボでの実験を3年で行って、その後半年くらいかかってthesisを書き上げる、という人が多いようです。中には、実験も上手くいって論文は全てpublishされたのに、thesisだけが書き上がらず、いまだ学位がもらえずにいる、という学生もいます。過去の卒業生が書いたというthesisを見せてもらったことがありますが、まるで一冊の本のようでした。最初に研究の背景に関するliterature reviewが30~50ページほどあり、研究の成果が3~4章にわたって書き綴られています。こんなものが自分にも書けるようになるのか、実は不安でいっぱいなのですが、もはや逃げ出すことはできません。

 腸管神経再生医療の実現のためには、解決しなければならない問題がたくさんありますが、私のPhD projectでは、

1) レシピエント腸管の環境は幹細胞の移動、分化にどのような影響を与えるのか?
2) どのような組織または細胞が移植細胞のソースとなりうるか?
3) 生きたH病モデル動物に移植された幹細胞は果たして移動、分化するか?

といった問題にアプローチしていきます。少し具体的に実験の内容を説明しますと、1)では、レシピエント腸管の環境として[1]年齢、[2]Et-3シグナル(H病の原因遺伝子の一つです)の有無、[3]腸管神経の有無の3つの条件をピックアップしました。それぞれ条件の違うレシピエント腸管に腸管神経堤細胞を移植して、その移動距離を比較したところ、年齢(週齢)の進んだ腸管、Et-3を欠損した腸管、腸管神経を有する腸管では、神経堤細胞は移動しづらい、という結果を得ました。これは幹細胞移植の臨床応用という面からはちょっと悲観的な結果なのですが、ともかく今はpublishに向けて「なぜそうなのか?」という詰め実験を追加しています。

 腸管神経の再生についての研究は世界でもまだ始まったばかりで、積極的にこのテーマに取り組んでいるラボはそう多くはありません。Youngラボでも、「再生」に取り組んでいるのは私1人です。でも「再生」のてがかりは、「正常発生」の中にあります。その点、このラボには腸管神経発生のメカニズム解明に関する豊富な経験と知識が蓄積されています。そして基礎研究によって得られた知見を実際の患者さんに応用したいという思いが、私のPhDチャレンジの動機のひとつでした。それには発生に関する基礎研究をたくさんやっているところがいいに違いない、ということでこのラボにapplyすることに決めたのです。Youngラボで臨床経験を持つのは私1人ですが、Royal Children's Hospitalの研究部門で働くDr. Don Newgreenは、物理的にも精神的にも、より臨床に近いところで基礎研究をしている方です。彼もまた私のスーパーバイザーの1人で、神経堤細胞の移動、分化のスペシャリストですが、ミーティングのたびにこうしたauthorityたちから、示唆に富んだコメントや指摘を受けることが出来る幸せを感じています。

 PhDミーティングは、不定期ながら頻繁に行われます。面白いデータが出たときに、ちょっとこれ見て!という感じで突然開かれる緊急ミーティングも珍しくありません。これもYoung先生の人柄+小規模ラボの利点でしょうか。定期的なミーティングは、2週間に1回です。Young先生のご主人、Colin Anderson博士(オーストラリアでは夫婦別姓が認められています)も同じAnatomyにラボを持つ研究者で、このAndersonラボを加えた総勢11名で行います。担当者が自分のデータを発表したり、関連分野のpaperをプレゼンしたりと、内容的には日本と変わりありません。強いて違いをあげるなら、前週の担当者がケーキとかクッキーなんかを作って持ってくる約束になっているということ。これはmorning teaという習慣のためなのでしょう。私は唯一の日本人ということで、Japanese sweetsを希望されることもしばしばで、家内の指導を受けつつ、これまた人生初の和菓子作り(といってもわらび餅とかですけど)にも挑戦しています。

 オーストラリアは移民の国です。キャンパスを歩いていても、英語圏=白人というイメージを忘れてしまうほどです。数字の上では我々日本人はマイノリティに違いありませんが、それを肩身狭く思うことはまずありません。そしてメルボルンはガーデンシティと別称されるほど、街のいたるところに公園があります。公園といっても猫の額のような日本の公園とは比べ物にならないくらい大きな公園です。夕方の公園には子供を連れた父親の姿も珍しくありません。いずれも日本では考えられないことです。この国では労働者の権利が守られ(すぎて?)ていると聞きます。仕事よりもプライベートを大切にするという価値観の違いもあるでしょう。働くならオーストラリア、でも患者として病院にかかるなら日本、このジレンマはもうしばらく続きそうです。

 また、こうして海外に住んでみると、日本という国は高度に発達したテクノロジーを有し、考えられる限りの利便性を追求した、とても住みやすい国だと実感します。今の学生さんたちは、海外旅行に行っても日本と違うとは思いこそすれ、留学したい、海外に住んでみたい、とは思わないのかも知れません。でも居心地のよい母国から遠く離れ、「個」を重んじる社会で暮らすことで、否応なしに、自立するチャンスができます。こうした経験は自分や家族だけでなく、日本に帰った後の自分のキャリアを考えたときにも、かけがえのないものになるだろうと確信しています。最後になりましたが、今回の留学実現にあたってご助力いただいた皆様に、この場を借りまして深く御礼申し上げます。

2009年1月 初夏のメルボルンより
堀田 亮

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